
兵庫県大生の大学生活をよりよくするヒント集、「県大Tips」。今回のテーマはダイバーシティです。兵庫県立大学では、性別、障がい、国籍、宗教、文化、性的マイノリティであることにかかわらず、一人ひとりの違いを尊重し、学生や教職員が能力を最大限に活かせる環境を目指し「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を発表しています。そもそもダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包括)ってなんだろう?日々の他者との関わりのなかでどんなことに配慮していけば、誰もがのびのびと自然体で過ごしやすい大学になるのだろう?そんな疑問について、兵庫県立大学ダイバーシティ推進室副室長(学長特別補佐)の乾美紀教授にお聞きしました。
ゲスト:乾 美紀教授 / 聞き手:1460編集部
ダイバーシティは実はとても身近にあるテーマ
―東京オリンピックでも「多様性と調和」がテーマに掲げられるなど、社会的にも多様性の尊重は重要なトピックになりつつありますが、学内ではどのような状況でしょうか。
乾:性別、障がい、国籍や宗教など、私たち自身も含めて多様なバックグラウンドや価値観を持つ人たちがいます。そうした多様性は、大学生活とはあまり関係ないのでは?と思うかもしれませんが、大学でジェンダーアイデンティティに関するアンケートをとった際、性的マイノリティであると回答した人は全体の7.1%いることがわかりました。もちろんそれだけが多様性の主題ではありませんが、そのテーマひとつをとっても、学内でも8人に1人は「自分はマイノリティだ」と感じている人が存在しているということです。
―大学生は、どんなマインドを持って多様性と向き合っていくべきなのでしょうか?
例えば、学内で留学生が民族衣装を身につけていたりすれば外国の方だとすぐにわかるかもしれませんが、社会的にマイノリティだと言われる人のほとんどは、本人と話してみないとわからないことが多いと思います。ですから、社会や大学の多様性を認識しながら生きていくには、まずは身近なところにマイノリティとしての悩みを抱えている人たちがいる可能性を“知っておくこと”が大切だと思います。

私たち一人ひとりは、みんな違っていて当たり前
―本来は自分も含めて、社会は多様であることが当たり前のはずですが、それぞれの価値観やバックグラウンドの違いを目の当たりにしたとき、過敏に反応したり戸惑ってしまったりすることもあると思うんです。そんなとき、どのように対応するといいのでしょうか?
乾:まずは、相手とざっくばらんに話してみることが大切だと思います。インターネットに転がっている情報だけでは、社会の多様さを感じることはできません。私の場合は、学生たちにも、自分とは価値観が異なる人たちと会って話す機会をできるだけつくるよう勧めています。例えば、「SOGIいろ」(*1)という学生団体が、活動の一環で「SOGIウィーク」というイベントを行った際に、セクシャルマイノリティの方々を呼んで座談会をしたことがあります。座談会といっても、あるテーマについて議論するのではなく、たわいもない会話をしたのですが、好きなファッションの話で盛り上がったり、会話の節々に共感ポイントがあったりしてとても楽しかったんです。どんな価値観やバックグラウンドを持っていようと「そうだよね!」と一緒に言えることはたくさんあるはずです。きっと、言葉や概念でわざわざ区別する必要なんてないんですよね。
*1:Sexual Orientation and Gender Identity の頭文字「SOGI」とは性的指向(好きになる性)・性自認(自分の心の性)のことをいう。「SOGIいろ」は性の多様性について学びあう学生団体として2022年4月に設立された。

―「私はカレーが好きだけど、あなたはシチューが好きなんだね」という会話くらいの感覚でコミュニケーションできればいいですね。
乾:そうですね、そのくらい軽やかに自分と他者のあいだにある違いを受け止めることができれば、むしろその違いを楽しんでいけるのではないでしょうか。
正攻法はないからこそ、一人ひとりと丁寧に向き合うことが大切
―自身をマイノリティであると感じている人の中には、触れてほしくない話題を持つ人もいると思うのですが、日常の中で誰もが配慮しておくべきポイントなどはあるのでしょうか?
乾:一人ひとりが違う人間である以上、会話のやり方に正攻法はありません。「日本人」という言葉で括っても一人ひとり全く違うことと同じように、一口に「LGBTQ」や「留学生」と言っても、何を大切にしているかは人それぞれです。自分の特性を公言したい人もいれば、公言したくない人もいます。例えば、「オールジェンダートイレ」というどんな性別の人でも利用できるトイレの賛否についてディスカッションをした際は、そのトイレをつくることそのものが性に関する差異を可視化する行為であり、その話題に触れてほしくない人は利用しにくいのではないかいう意見もありました。会話する相手の気持ちに配慮しようと思っても、その人がどんな価値観を持っているのかは話してみないとわかりません。まずは会話を重ねて関係性をつくり、その人が大切にしたいことや違和感を持っているポイントに気づいていくしかないと思います。

―国籍や文化、宗教や性に対する価値観の違いなど、ダイバーシティというテーマのまわりにはさまざまな論点がありますが、つまるところは“人と人との対話”であるのだと感じました。一方で、自分の配慮や知識不足で相手を不快にさせてしまわないか、不安になることもあります。
乾:「こうすれば上手くいく」という正攻法はないので、不安になるのも自然なことだと思います。自分にできる範囲で想像力を働かせながら会話をしてみて、気づいたことはその都度改善していくことが大切です。自分の中にある「こうあるべき」にとらわれ過ぎず、新しい価値観や視点を知り合い、相手と共有しようとする気持ちさえあれば、コミュニケーションも滑らかになると思います。
多様性を尊重しながら、楽しむことができる社会へ
―大学では「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を出していますが、具体的にはどのような状態を目指しているのでしょうか?
乾:それぞれが持つ個性や価値観を尊重しつつ、さらに一歩前に進んで、多様性を楽しもうとする人や環境を育むことを目指しています。例えば、性別、障がい、国籍、宗教、文化、性的マイノリティなどの多様性や個人の価値観など、それぞれの違いを知り、楽しむためのきっかけとして、学生団体「S&Iクラブ」がイスラム教を信仰する人たちの食事であるハラルフードの歴史や文化について、生協で展示したことがあります。この「ハラルヴィーガンウィーク」というイベントでは、誰にとっても身近な「食」を入口に、宗教や文化に触れることができ、日経STEAMシンポジウムにおいて「パナソニック特別賞」を獲得しました。さらに、「S&I club」では、食堂にヴィーガン・ハラルフードが導入されることを目指して活動しています。それまで食事制限があって学食を使えなかった学生が食堂を利用できるようになり、みんなが同じ環境下で食事を楽しめるようになります。親しみやすくて気軽にできるアクションを用意することで、より多くの学生がダイバーシティというテーマを考えるきっかけになり、学生が主体的に多様性について考え、行動していることに心強さを感じています。

できることから話してみよう、やってみよう!
―当たり前であるはずの違いに対して生まれる差別や偏見を減らすために、私たちにできるアクションとはどんなものでしょうか?
乾:ダイバーシティに関連するテーマについて、何か取り組んでみたいことや学んでみたいテーマがある人は、一人ではなく仲間を募って一緒にやることも一つの方法だと思います。「S&I club」や「SOGIいろ」はその機会の一つです。例えば、なんとなく触れてはいけないと感じているテーマでも、イベントや座談会でテーマにすると、関心のある学生たちが意外と集まってくるんです。最近では、女性への健康支援の観点から、経済的な理由で生理用品を購入できないという「生理の貧困」に関するテーマを扱ってみたいという声があり、学内のいくつかのトイレに生理用品をトライアル設置する取り組みを行いました。その後のアンケートでは、「性について語ることはタブーではない」との認知が広まったという結果も出ています。一人ひとりの価値観や個性を尊重しながら誰もが生きやすい社会をつくっていくために、まずは自分の得意なことや関心があることからやってみることが大切だと思います。行動するかどうか悩んだり、わからないことがあって困ったりしたときは、私のところへ相談しに来てもらってもいいですよ!
今いる環境や立場は当たり前ではないと知っておく
―ダイバーシティというテーマを考えるにあたって、大切な心構えや行動を起こす時のコツなどを知ったことで、自分にできる小さなアクションを考えていけそうです。
乾:もう一つだけ伝えるとしたら、大学に通って教育を受けられることですら当たり前ではないと理解しておくことも実は重要です。大学の外に目を向けてみると、教育を十分に受けられず、生活する中で不便や苦労を感じている人もいます。私がアメリカで日本語教師として働いていた頃、ラオスからの難民である「モン族」と呼ばれる人たちと出会いました。モン族の人の中には、英語が十分に話せないことが原因で体の不調を上手く伝えることができないなど、日常の些細なことで困りごとを抱えている人がいました。他にも、姫路市で出会ったラオスからの難民の人たちの場合は小学校や中学校までしか通えない人がほとんどで、教育を受けられずに犯罪に巻き込まれたり薬物に溺れていったりする人もいたんです。この点を踏まえると、大学に通って教育を受けられるということは、決して当たり前のことではないんです。自分たちがそうした特権を持っていることに気づいてほしいと思います。

一方で、自分自身がマジョリティかマイノリティかは、その場の環境にも左右されます。国籍や肌の色という視点から考えると、日本の大学にいるときはマジョリティである私も、白人の人たちが多いアメリカに行けばマイノリティになります。アメリカにいた当時は、モン族の人たちと同じ肌の色をしている私が主体となって、彼らの日々の相談に乗ることもありました。そんな風に、自分の立場や環境が当たり前ではないことを理解しつつ、自分にできる形で互いに助け合う関係性を築くことも大切だと感じます。